はじめに
パソコンやサーバーの廃棄において、広く用いられている物理破壊。記録媒体を壊して読み取れなくするという単純明快な方法でありながら、破壊状況が一目で分かるという特徴があるため、破壊の証明が求められる現場で重宝されています。
そんな物理破壊ですが、厳密に言えばデータを消去しているわけではなく、記録媒体そのものを破壊して読み取り不能にしているので、データが残っているのでは? という疑問が湧きます。果たして物理破壊したハードディスクは本当に安全なのか? データ復旧されるリスクはないのか? について解説します。
まず、はじめに結論からお伝えします。
結論:
プラッタの表面からデータを部分的に取り出す技術が存在します。しかしそのようなデータ復旧サービスを提供する事業者は世界中を探しても見つかりません。
物理破壊とはどのようなものか?
物理破壊と一言で言っても様々な方法がありますが、最も馴染みのある方法は当社のStoragePuncherなどの専用破壊機や、電動ドリルなどの工具を使って、プラッタを穿孔する(穴を開ける)方法ではないかと思います。他には専用のシュレッダーで細かく破砕するなどの方法がありますが、ここではプラッタに4つ穴穿孔されたハードディスクを前提に話を進めます。
なお、良く似た言葉に「物理障害」という言葉があります。これは「物理的衝撃」「落雷によるショート」「経年劣化」などが原因でハードウェアが故障した状態を指すものです。「物理障害のあるハードディスク」と「物理破壊されたハードディスク」は別物なので混同しないようご注意ください。
なぜ、探しても見つからないのか?
さて、冒頭に述べた通り、2023年11月時点で、データ復旧サービスを行う事業者のなかで物理破壊した記録媒体からデータ復旧を行う事業者は世界中を探しても見つかりません。
なぜ、物理破壊されたハードディスクをデータ復旧する業者を探しても見つからないのでしょうか?ハードディスクのその精密に大きな理由があります。どれだけ精密なのか、3つの部品を例に取り説明します。
- プラッタ
ハードディスク内部にはプラッタと呼ばれる円盤状のディスクがあり、そこにデータが記録されます。磁気ヘッドがプラッタの表面上にN極とS極の磁界を無数に作り出し、それら1つを1ビットとして記録します。技術の進化によって、その記録密度は年々向上しており、少し古い5年前(2018年)の一般的なハードディスクであっても、その記録密度は1平方インチ当たり100ギガビット~150ギガビットにも上ります。これは僅か2.5cmの四方の記録面に100億のデジタル信号が記録されているということを意味します。 - 磁気ヘッド
ハードディスクの磁気ヘッドはディスク上を約10nmほど浮上しながら、データを読み書きしています。10nmというのは髪の毛の太さの10分の1ほどです。これはジャンボジェット機が高度数mmで地面スレスレを飛んでいるような状態に例えることができます。 - スピンドルモーター
スピンドルモーターは毎分5400回転や7200回転でプラッタを回転させます。早いものでは毎分15000回転に達するものもあります。
引用元:ストレージ ストレージ技術解説 HDD(Hard Disk Drive : ハードディスクドライブ)とは : 富士通
このように、ハードディスクは超高密度に記録された磁気データを高精細な磁気ヘッドによって高速で読み取りする仕組みであるため、埃や振動に極めて弱いという欠点があります。プラッタ上に僅かな埃や傷がついただけでも、磁気ヘッドは読み取り不能に陥ってしまいます。
データ復旧事業者の中にはプラッタ上の傷や金属粉を補修し、磁気ヘッドデータを読み取り可能な状態に修復する「スクラッチ復旧」を行う事業者が存在します。しかしこれらの事業者の高度な技術を以ってしても、4つの穴が穿孔され、穴の歪みが全体に及んでいるプラッタを修復する事例は確認できません。一般的に、磁気ヘッドとスピンドルモーターが使用できない条件下ではデータ復旧は不可能と言えるのです。
プラッタの表面を読み取ってデータを取り出せるか?
4つ穴穿孔されたハードディスクは論理的にデータ消去されたディスクとは異なり、データの表面にはデータは依然存在した状態のままです。すなわち理論上はハードディスクの表面を磁気力顕微鏡(MFM)などの特殊な顕微鏡を用いて測定し、一つ一つの磁気を拾って行けばデータを復元することができると言えます。そして、実際にハードディスクの部品メーカーや、研究機関はそのような設備や技術を保有しています。ただ前述のようにハードディスクには僅か2.5インチ四方の範囲に100億以上記録されたデジタルデータが記録されています。磁気ヘッドやスピンドルモーターの力を借りずにプラッタ上からデータを取り出すには、高度な設備と技術ばかりでなく、途方もない時間と労力が必要であり、非現実的であることが容易に想像できるでしょう。
それだけの時間と労力、費用を掛けてでも復旧する価値のあるデータは果たして存在するのでしょうか? あるとすれば国家機密レベルの情報になるでしょう。
磁気力顕微鏡 (例)ハードディスク表面 漏洩磁界を明暗でイメージング化し、磁界方向を観察
引用元:走査型プローブ顕微鏡(SPM)による分析の概要 – 株式会社UBE科学分析センター
NISTやNSAにおける物理破壊の定義
NIST(アメリカ国立標準技術研究所)が発行するガイドラインNIST SP 800-88 rev.1には「 破壊(Destroy)は、最新の研究室レベルの技術を使用しても対象データの回復を不可能にし、且つその後のデータの保存に当該媒体が使用できないようにする」とあります。また、NSA(アメリカ国家安全保障局)の NSA/CSS POLICY MANUAL 9-12には「ハードディスクは2mm以下のサイズになるまで粉砕すること」とあります。どちらも国家機密も視野に入れたガイドラインであるため、データ消去に関して厳格な基準を設けており、4つ穴穿孔はこれらの基準には準拠しないことになります。
NISTや、NSAに準拠したデータ消去が要求される場合はデータ上書き消去または磁気消去を選択するか、それらを行った上で物理破壊を行う必要があります。
まとめ
ハードディスクの物理破壊は、記録媒体の廃棄における最も分かりやすい情報漏えい手段です。様々な長所がある反面、NISTやNSAには準拠しないといった短所もあります。物理破壊、データ上書き消去、磁気破壊(消磁)、それぞれの特徴を理解し、場面に応じた手段を選択していただくことが、最も安全で効率の良い情報漏洩対策と言えるでしょう。株式会社創朋では物理破壊装置「StoragePuncher」、磁気消去装置「MagWiper」データ消去機「JetEraser」など、幅広い選択肢をご用意し、お客様に最適なデータ消去・破壊ソリューションをご提案します。データ消去/破壊でお困りのことがあれば是非ご相談ください。